なぜ悩みは比べるべきではないの?認知症の父を介護するプレッシャーから、鬱兔は一時、友人の仕事の悩みなど取るに足らないと感じてしまいました。でもすぐに、自分が失恋したとき、友人が脳卒中の家族を介護した経験と比べてきて、かえってつらくなったことを思い出します。痛みは量ることも比べることもできず、誰にでもそれぞれの悩みがある。「痛みを量る」ような気持ちで人の悩みを評価してはいけないと気づいたのです。人生は苦しいけれど、一緒に前に進む人がいれば、それほどつらくはありません。
※鬱兔による中国語の原文を翻訳したものです。
聞き役から打ち明ける側へ
考えてみれば不思議なもので、以前の私はいつも人の悩みを聞く側でしたが、最近は父のことがあって、悩みを打ち明ける側になりました。
毎日大きなプレッシャーと向き合い、家族がだんだん鈍くなり、できることが減っていくのを目の当たりにしていると、気持ちはとても揺さぶられます。同時に、現実を前に無力で途方に暮れてもいます。それでも本人の前では、何事もないように笑顔でいなければなりません。
父の前では強くふるまい、遠くにいる姉にもあまり負担をかけたくなくて、ネガティブな気持ちや恐怖は黙って飲み込むしかありません。家族や友人に対しても実は遠慮していて、自分の弱さや恨み言をそのまま見せる勇気はありません。相手に負担をかけたり、うんざりさせたりするのが怖いからです。
だから私は、みんなの前で強くて、まだ自虐する余裕もある人を演じ続けるしかないのです。
自分の痛みで人を量ってしまいそうになった
おしゃべりしていると、友人たちが最近の生活や仕事の出来事を、笑いながら愚痴っぽく話していて、とてもうらやましくなりました――私も仕事のことだけで悩んでいたい。私もそういう、苦しさの中にも楽しさのある気持ちになりたい。
仕事がどんなに大変でも、私が経験していることに比べられるはずがない。そんなことでやけ食いしたり、ネットで愚痴ったりする必要なんてないでしょう?と思ってしまいました。
でも、自分の心にそんな考えが浮かんだことに気づいて、はっとしました。
というのも、ある失恋をしたとき、友人に悩みを打ち明けたことを思い出したからです。その友人は落ち着いた口調で、以前は仕事をしながら脳卒中の母親を介護し、そのうえ自分の脚のけがも再発して、貯金もほとんど底をついていたと話してくれました。追い詰められた彼女は、重い病気の母親に一緒に人生を終わらせようかと聞いてしまったそうです。母親が首を横に振って嫌だと言ったので、その考えを捨てたのだと。
それに比べれば恋愛の問題なんて取るに足らないかすり傷みたいなもので、つらいときは自分の経験を思い出せば、少しは楽になるはずだと彼女は言いました。
自分の話をして私を少しでも楽にしようとしてくれたことには感謝しています。でも正直に言うと、客観的に見れば私の悩みは彼女に比べて大したことはなくても、私の痛みは少しも和らぎませんでした。痛みは結局自分で背負うしかないもので、感じ方も人それぞれ違い、誰かが感じる痛みを客観的な数字で表すことはできないのです。
痛みは量れないし、比べるべきでもない
量ることも比べることもできない。誰にでもそれぞれの悩みと痛みがあるのです。
だから私も、「痛みを量る」ような気持ちで、人の悩みを評価してはいけないのです。
生きている一瞬一瞬に意味がある
大人になってから、「人は試練を受けるために生まれてくる」という言葉の意味がだんだんわかってきました。私たちが痛みを感じるのは、生きているからです。生きている限り、つらいと感じることにいろいろ出会い、必死にもがいて生きていくしかありません。
では、そうやって生きることに何の意味があるのでしょう?
私たちが生きている一瞬一瞬に意味があるのです――痛みを感じても、それに支配される必要はありません。生きているうちに命を輝かせること。どんなに小さな光でも存在する意味があり、身近な人を照らせたら、それ以上のことはありません。
だから私は決めました。何が起きても、どんなにつらくても、自分に余裕があるときは、助けを必要としている人に必ず手を差し伸べ、もっと広い心で、優しく周りの人と接しようと。
人生は苦しいけれど、一緒に前に進める人がそばにいれば、それほどつらくはないのかもしれません。
苦しい時期を乗り越えたら、きっとまたみんなで集まって笑い合えるし、過去の傷もかさぶたになるはずです。痛みを抱えたまま前に進みましょう。私たちの人生の旅は孤独ではありません。
あなたがいて、私がいる。そうでしょう?
よくある質問
痛みは量ることができず、人それぞれ状況も感じ方も違うからです。比べることで人の悩みを評価すると、相手をさらにつらくさせてしまいます。
もっとつらい例を出して比べるのではなく、まずは耳を傾けて共感しましょう。相手に自分の悩みが取るに足らないと感じさせないことが大切です。
信頼できる家族や友人に打ち明けてみましょう。いつも強い人を演じる必要はありません。ストレスが大きすぎるときは専門家にも相談を。自分を傷つけたい気持ちが浮かんだら、すぐに相談窓口(台湾なら1925、日本なら各地の相談窓口)に連絡してください。
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著者について
鬱兔は台湾のライトノベル作家・小説家VTuber。業界歴10年以上、紙の商業出版は40冊に上ります。『遺失的情書』で台湾文化部の若手創作助成(2022年度)を受賞。『嘿!聽說妳在鬼島當作家』シリーズでは、台湾で小説家として生きる日々を綴っています。

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