※鬱兔による中国語の原文を翻訳したものです。
作家は自分の実績をどう見ている?高校の校長から優秀な卒業生として創立記念行事に招かれ、鬱兔は恐縮しました。自分はただわがままに書きたい作品を書いてきただけで、編集者に認められたくて多くの作品を手放したこともあると言います。彼女の夢のひとつは、すべての作品を世に出すことです。
優秀な卒業生と呼ばれた日
以前はひたすら閉じこもって創作したいだけでした。でも業界の人と偶然会ったり、講演で読者と顔を合わせたりしたとき、彼らのまなざしの中に見つけたのです。かつて家族や友人の目の中に見つけたいと願っていた、あの光を。
あるとき高校の校長を訪ねると、「二年後にうちの学校は創立八十周年なので、優秀な卒業生として君も招待するよ」と言われました。
それを聞いた瞬間、少しぽかんとして、恐縮してしまいました。
──知らないうちに、私も褒めてもらえる人間になっていたの?
わがままに書きたいものを書く
これまでずっと、私はただわがままに自分の夢を追いかけてきました。出版社が流行に合わせて本を選ぶのはわかっていても、わがままに書きたい作品を書いてきました。もちろん商業的な要素も入れていますが、採用されるかどうかは大事でも、唯一の基準ではありません。何しろ作品は作者にとって一生の財産です。長く育てていくつもりなら、短期的に拾ってもらえなくてもたいした問題ではありません。
たとえ出版社に認められなくても、その作品はある時間を私と一緒に過ごしてくれました。そこには当時の考えや苦境、記念すべき出来事の名残が見えて、人生のかけらが映っているかもしれません。私にとっては、それも人生を記録するひとつの形なのです。
実は私はとてもわがままで、書きたいものしか書かず、作品を完成させたいだけ。でも出版社やネットのみんなに認めてもらえることも期待しています。
以前は作品を書き上げるたびに、これで何作目だと待ちきれずに数えて、増えていく数字に悦に入っていました。でもいつの間にか数えなくなりました。あまり意味がないからです。
かつて手放した作品たち
たぶん、あの一年を経験してからでしょう……真っ暗な気持ちで、たくさんの作品の第一巻や設定を書いたのに、編集者に早く認められたくて捨ててしまい、多くの作品を手放したあのころ。当時の私は自分の力を証明したくて、その編集者にどれほどひどいことを言われても耐えていました。
捨てた作品は、自分の一部を捨てたことの象徴でもあります……今の私にはまだ開く勇気がありません。でもいつか向き合う勇気が持てて、今よりしっかり立てるようになったら、手放したあの自分たちをひとつずつ完成させたいと思っています。
私の夢のひとつは、すべての作品を世に出すことです。でもそれは簡単なことではありません(自分でネットに載せれば別ですが、意味が違います)。
優秀?私はただのわがままな子ども
優秀?
実はそうは思っていません。私はただのわがままな子どもにすぎないのです。
わがままな夢を支えてくれる家族、ついてきてくれるたくさんの読者、そして私を認めてくれる編集者や恩人の皆さんに感謝しています。私が創作を続けられるのは、皆さんのおかげです。
私は自分の作品が大好きで、いつも追いかける目標がある自分のことも好きです。
優秀かどうかはわかりません。結局、私はちっぽけな存在にすぎないのですから。私よりすごい人、努力している人は山ほどいて、少しでも気を抜けばすぐに新しい才能に飲み込まれてしまうでしょう。慢心するにはいつだって早すぎます。
でも、こんな私やこんな作品を認めてくれる人がいるなら、本当に光栄です。だからこそ、もっともっと努力して、胸を張って、自分は作家だと堂々と言える人になりたい。
それから、龍應台元大臣が私の高校の先輩で、しかも潮州に住んでいると知りました XDDDD
ちょっとうれしい >w<
よくある質問
鬱兔は、作品は作者にとって一生の財産だと考えています。出版社に認められなくても、当時の考えや人生のかけらが記録されているので、すぐに拾ってもらえなくてもかまわないのです。
鬱兔は商業的な要素も取り入れますが、基本は自分が書きたい作品を書いています。採用されるかどうかは大事ですが、唯一の基準ではありません。
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著者について
鬱兔は台湾のライトノベル作家・小説家VTuber。業界歴10年以上、紙の商業出版は40冊に上ります。『遺失的情書』で台湾文化部の若手創作助成(2022年度)を受賞。『嘿!聽說妳在鬼島當作家』シリーズでは、台湾で小説家として生きる日々を綴っています。


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